大判例

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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)138号 判決 1988年6月13日

原告

丹慶徳

外一九名

右原告ら訴訟代理人弁護士

伊藤静男

角南俊輔

加島宏

角藤和久

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

堀嗣亜貴

外三名

主文

原告らの各損害賠償請求をいずれも棄却する。

原告らのその余の請求に係る訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告丹慶徳に対し、金二六万五一〇〇円及びこれに対する昭和五六年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告中川晶輝に対し、金一七万五六〇〇円及び内金一四万八四一二円に対する昭和五六年一月一日から、内金二万七一八八円に対する昭和五六年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告大野道夫に対し、金二万一六三八円及びこれに対する昭和五六年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告ら各自と被告との間で、原告らにはいずれも昭和五六年分以降、所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないことを確認する。

5  原告ら各自と被告との間で、被告には昭和五六年分以降、原告らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることを確認する。

6  被告は、原告ら各自に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は被告の負担とする。

8  第一ないし第三項及び第六項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

請求の趣旨第四、第五項の訴えをいずれも却下する。

2  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

4  請求の趣旨第六項の請求について、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  請求の趣旨第一ないし第三項について

(一) 被告による自衛隊関係費の支出

被告は、毎年継続的に自衛隊関係費を予算に計上し、支出している。

(二) 本件納税拒否

原告丹慶徳、同中川晶輝及び同大野道夫(以下、併せて「原告丹ら」という。)は、別紙一記載の所得税の納税を拒否した。

右原告らが支払を拒否した税額は、当該年分の所得税のうち、被告が納税申告書において明確に「国を守るため」使用する旨を告知した部分(自衛隊関係費部分)である。

(三) 本件各滞納処分の存在

原告丹らの前記納税拒否にかかる滞納国税(前記所得税及びその延滞税)について、以下のとおり差押及び徴収(以下、これらを「本件各滞納処分」という。)がされた。

(1) 原告丹慶徳関係

浅草税務署長宮内郭年は、昭和五六年九月七日、原告丹の定額郵便貯金を差し押さえ、その元金及び利息の払戻請求権のうちから、昭和四九年ないし昭和五五年分までの同原告の滞納国税額全額にあたる二六万五一〇〇円を取り立て、徴収した。

(2) 原告中川晶輝関係

荻窪税務署長瀧口良光は、昭和五五年九月九日、原告中川の定期預金の元金及び利息の払戻請求権を差し押さえ、そのうちから、同月二九日に一四万八四一二円、昭和五六年七月二七日に二万七一八八円の合計一七万五六〇〇円を取り立て、同原告の滞納国税を徴収した。

(3) 原告大野道夫関係

千葉東税務署長駒野貞吉は、昭和五五年四月七日、原告大野の定期預金の元金及び利息の払戻請求権を差し押さえ、昭和五五年一二月三日、そのうちから金二万一六三八円を取り立て、同原告の滞納国税を徴収した。

(四) 本件各滞納処分の違法性(一)憲法九条違反

(1) 憲法九条は、軍備保持のみでなく、軍事目的の国費の支出をも禁じていることは明らかであり、したがって、軍事目的の財源を国民に負担させる必要はないから、軍事目的の課税、徴収をも禁ずるものであると解すべきである。すなわち、憲法九条は、日本国民の意思による、国家の国費の支出権限と、課税、徴収権限に対する特定的禁止規定なのである。また、憲法は、同九条と前文一段、二段において、平和的生存権を規定している。平和的生存権により、国民は、軍事目的の支出の財源調達のための租税を賦課、徴収されないことを保障されていると解すべきである。したがって、国民は、いかなる名目、形態のものであれ、軍事目的の支出の財源とされる租税の支払を拒否する権利を有する。

(2) 自衛隊関係費の支出は憲法の禁じている軍事目的の国費の支出に該当する。

そして、国費の支出と所得税との間に以下の関係があることにより、所得税の賦課、徴収は軍事目的の租税の賦課、徴収として前記のとおり憲法に違反するものといえるから、国民は、所得税の納税義務を負わず、又は納税を拒否することができるものと解すべきである。

ア 所得税は普通税であるが、普通税は、国の各般の需要を満たすための支出の財源であり、むしろ、国の支出費目の全部の支払にあてる目的をもって賦課、徴収される多目的税であるといってよい。その使用目的は、歳出予算として毎年国会で議決される。そして、昭和二六年度の警察予備隊関係費の創設以来毎年継続的に歳出予算の中に軍備の維持、増強のための費用である自衛隊関係費が計上され、年々その額が増大してきたことは、公知の事実である。したがって、現行所得税の賦課、徴収は、過去三六年にわたって恒常的にそれが軍事目的である自衛隊関係費の財源となることが予算の形で決定づけられてきたという意味において、まさに憲法九条の禁止している軍事目的の賦課、徴収を含んでいるというほかない。被告は、所得税のうち、歳出予算中の一定割合が自衛隊関係費に支出されることを、納税申告書に記載するなどして、国民に対し、明確に告知してきた。

イ 憲法の諸条項は、租税の徴収面と使途面の双方について、憲法規範的拘束を規定している。特に平和的生存の確保を含む国民の生活と人権の保障は最も基底的な憲法原則である。すべての租税は右のような目的のため徴収され、支出されなければならない。憲法のもとにおいては、すべての租税は、右のような意味での目的税(新目的税)としてとらえられなければならない。目的税については、納税者に使途面について法的に争うことのできる権利(原告適格)の存在することが、通説によっても承認されている。右の新目的税の考え方に従えば、納税者は一般に租税の使途面についても法的に争うことが可能となる。

ウ 租税の徴収と予算の執行たる支出の間の法的根拠の相違から両者の間の関連性の否定を導くことはできない。国の予算その他財政の基本に関して定めた財政法の二条の規定によれば、収入と支出とは、まず、「国の各般の需要を充たす」という目的において統一されたものと性格づけられ、さらに、「現金」の移動という側面においても、統一的に把握されている。一方、税金の徴収から支出までの流れは、一連のものとして会計法の規制の下にある。収入が税法の定めに基づき税務当局によって収納され、支出が国会の議決した予算に基づき各省各庁の長によってなされ、法的根拠も担当行政庁も異なるといっても、それは、国家と国民の関係でみる限り、民主的財政運営のために工夫された一連の行政過程における国家機関の役割分担でしかない。このように、収入(歳入)と支出(歳出)とは、その機能的な行政過程に注目した場合、財政法と会計法という実定法を通して「直接、具体的な関連性」を有している。

エ 憲法は租税概念として、歳入面、歳出面を統合したものを予定していると解される。そして、憲法のもとでは、右租税概念を前提に、歳入面、歳出面の双方にわたる納税者に固有の権利としての納税者基本権の構築が法理論上可能である。納税者基本権とは、端的にいえば、「納税者が、その支払った税金を公務員が憲法条項に則って使用することを要求する権利」である。

違憲、違法な支出を行うことは、法的には納税者基本権の侵害となり、違憲、違法な租税の支出に対しては、納税者は自己の納税者基本権の侵害を理由として、右支出の差止め、損害賠償請求等の通常の主観訴訟を提起することができる。

納税者基本権は、国民主権主義に由来し、憲法三〇条及び九九条によって保障されている。地方自治法上の住民訴訟制度の存在は憲法上の権利としての納税者基本権の存在を推知させるものであり、アメリカにおいても、判例に基づき納税者訴訟が確立されており、納税者基本権が承認されているものととらえることができる。

オ 国政は「国民の厳粛な信託によるもの」(憲法前文一項)であり、所得税の納付は、信託法でいう信託に擬してとらえることができる。そして、国民の支払う租税がまさに信託財産に相当する。それは国庫に収納された後、財源を明示されない国庫金として支出されるが、信託財産としての本質を失わない。この信託財産の使用にあたって準則となるべき信託の本旨とは、憲法の諸規定、特に根本規範としての国民主権主義、平和主義、基本的人権の尊重をうたった諸規定である。

したがって、憲法上の信託の委託者であり受益者である納税者国民は、契約上の信託において委託者や受益者に認められている諸権利を類推して、納税者が納付した税金を公務員が憲法条項に則って使用することを要求する諸権利を有するものと解すべきであり、少なくとも憲法九条等、憲法の根本規範に背く重大かつ明白に憲法に違反する国費の支出については、当該支出を差し止め、あるいはその違憲支出額に見合う信託財産の信託(所得税の納付)を拒む権利を有するものと解すべきである。

カ 憲法は歳入面、歳出面の双方にわたる財政権を議会の立法権として統一的にとらえている(財政議会主義の原則)。歳出予算の法的性格については、「予算」という名の法律として解することができる。進んで、憲法は、同六〇条、八六条にいう「予算」として、フランス型の歳入予算、歳出予算の双方を統合する単一の「予算法」の概念を導入していると解することもできる。このような「予算法」の概念が導入されていると解すれば、国費の支出と租税の賦課、徴収とは、法的に歳入予算と歳出予算とが不可分一体であり、また、歳入予算の法的効力として、毎年行われる「予算法」の議決により、各種租税法の規定が当該一年毎に効力をもつに至ることになる。

(3) したがって、原告丹らに対する所得税の賦課、徴収は、当該税収の使途の違憲性のため右課税、徴収権限が存在しないのに行われたものであり、かつ、同原告らの平和的生存権を侵害したものであるから、その税収の自衛隊関係費への支出相当分の限度で憲法に違反し、無効である。

具体的に所得税中のどれだけの部分について課税、徴収が違憲、無効となるかについては、これを条理によって、一般会計歳出予算中に占める自衛隊関係費の割合に相当する所得税部分が同費用に回されると解し(被告もこのような見解に立っている。)、所得税の同部分についての賦課、徴収が右に該当すると解すべきである。そして、原告丹らが納税を拒否した額は、いずれもこの限度を超えていない。

よって、本件滞納処分は、違憲、無効である。

(五) 本件各滞納処分の違法性(二)憲法一九条、二〇条一項前段違反

(1) 原告丹慶徳及び同中川は、日本友和会に所属する敬虔なクリスチャンであり、原告大野はメノナイト派の牧師である。友和会もメノナイトも、絶対平和主義の立場を貫いている。原告丹らは、その良心及び信仰から、たとえ戦争の場合であっても人を殺すことを是認することができない。原告丹らの神は殺すことを禁じている。この良心及び信仰は、自ら手を下して殺すことと、人を頼んで殺すこととの間に何の違いをも見ない。今殺すことと、将来殺すときのために準備することの間に何の違いもみない。「国を守るために」殺すことは許されるという理屈を知らない。

原告丹らは、このような思索と信仰に導かれて所得税中自衛隊関係費分の支払を拒否した。「所得税の支払義務は税法の定めるところによって決まるのであるから、国会の議決によって決まる国費の支出とは全く関係がない」という論理は、原告丹らの良心と信仰を安心させることはない。一旦所得税を支払えば、その一定割合が軍事目的の自衛隊関係費に支出されることが、既に予算によって確定しているというのに、単なる理屈にすがって事実から目をそらすことなど、到底できない。軍事目的に支出されることを知りながら納税することは、武器の購入及びそれを操作する人物の雇入を可能とすることによって戦争という殺人行為を行い、又はこれに加担することにほかならない。右原告ら三名の良心と信仰に導かれた目は、自己の支払う所得税が軍事目的の支出の財源をなしていることをはっきりとらえている。

(2) 憲法一九条は思想、良心の自由を保障し、同二〇条一項前段は信教の自由を保障している。思想、良心及び信仰の表現ないし実践もまた、明白に公序良俗に反しない限り、右各条項によって保障されている。

ところで、良心の自由及び信教の自由の保障において、何が良心であり、何が信仰であるかを定めるのは、一定の良心ないし信仰を持つ人々であって、国家ではない。

非暴力は原告丹らの良心と信仰の中核的内容である。国家の一般経費の一部として軍事目的の自衛隊関係費の財源に使用されることが明白な税金の支払を拒否することは、その良心と信仰の実践である。この実践は何ら公序良俗に反せず、むしろ憲法九条の打ち立てた規範に合致している。

(3) よって、原告丹らが各自の所得税総額から自衛隊関係費相当分を控除して行った納税申告は、良心ないし信教の自由の表現行為として憲法によって保障された権利の行使であり、被告がこれを無視して、同原告らが控除した部分も課税の対象とし、これを徴収した本件滞納処分は、いずれも違憲、無効である。

(六) 故意

被告の機関たる浅草、荻窪、千葉東の各税務署長は、いずれも、本件各滞納処分に係る所得税の賦課、徴収に際し、それが軍事目的の自衛隊関係費にも使用されるものであることを熟知していた。なお、右各税務署長が、憲法九条が軍事目的の支出、課税、徴収の禁止規定であることを知らなかったとしても、それは単なる法の不知、違法性の意識の欠如にすぎず、責任を免れる根拠とすることはできない。

また、右各税務署長らは、いずれも、原告丹らから毎年、良心と信仰の実践として軍事費の支払を拒否する旨を告げられていたのに、これを故意に無視し、原告丹らから前記のとおり納税を拒否した税額を強制的に徴収した。

(七) 損害

原告丹らの被った損害のうち財産上の損害は、本件各滞納処分により徴収された各金額と同一である。

(八) よって、原告丹らは、国家賠償法一条により、各徴収金額相当額の損害金及びその徴収の日以降の日である請求の趣旨第一項ないし第三項記載の日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の趣旨第四項について

(一) 自衛隊関係費相当分の納税義務の不存在

前記のとおり、原告丹らには軍事目的である自衛隊関係費相当分の所得税の納税義務がなく、また、被告の課税権限そのものは認めるとしても、右原告らは、自衛隊関係費相当分の所得税の賦課、徴収を拒む権利を有するものである。

その他の原告らのうち、原告政池仁、同伊藤めぐみ、同鰐部紀子、同池谷彰、同田中良子、同野副達司、同石谷行、同石原正一、同石坂衛の九名はクリスチャンであり、その宗教的信念として非暴力を信条としている。また、その余の原告も、慎重に考えぬいた良心の内容として、同じく非暴力主義を自己の信条としている。したがって、これらの原告らもすべて原告丹らと同様に憲法九条、一九条、二〇条一項前段に基づき、右納税義務がなく、また右賦課、徴収を拒む権利を有している。

(二) 右訴えの適法性

(1) 右訴えは、実質的には、国家の権力行使の権限の不存在の確認を求める確認訴訟であり、無名抗告訴訟中のいわゆる予防的不作為訴訟である。予防的不作為訴訟については、学説、判例とも、①行政庁の処分等が違法に行われることが明白に予測できる場合であること、②当該処分等を事前に司法審査しなければ、相手方たる国民に回復し難い損害が生ずる場合であることという二つの要件を満たす場合に認められるとしている。

(2) 被告が、将来においてもこれまでと同じように毎年原告らから違法に自衛隊関係費分の所得税を賦課、徴収し続けるであろうこと、及び徴収した所得税を自衛隊関係費に支出し続けるであろうことは、本件訴訟における被告の応訴態度によって明白である。

さらに、事前の司法審査が許されず、課税処分の取消しや差押処分の無効確認の訴え等によってしか違法な自衛隊関係費分の所得税の徴収を争う途がないとすれば、課税、徴収手続はどんどん進められ、争っているうち強制的に徴収されてしまう結果、原告らの良心、信仰は深く傷つけられることになる。そして、原告らから徴収された所得税が一旦自衛隊関係費に使用されてしまったときには後に被告から同額の金員の返還又は相当額の慰謝料の支払を受けようとも、原告らの被った損害は真実回復されることはない。

このように、原告らの右訴えは、予防的不作為訴訟として認められるための要件を満たしているから適法である。

(三) よって、原告らに昭和五六年分以降、所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないことの確認を求める。

3  請求の趣旨第五項について

(一) 差止めを求める権利等の存在

(1) 本請求の根拠は、まず、憲法九条が国費支出権限に対して加えられた特定的禁止の規定であることにある。本条によって、被告は、軍事目的である自衛隊関係費の支出権限そのものを剥奪されているのである。

(2) また、特に原告らとの関係においては、軍事目的である自衛隊関係費の支出は、原告らの良心の自由信教の自由に対する違法な侵害行為でもある。

(3) 一方、原告らは、前記納税者基本権の一内容である、税金によって賄われる国費の支出が憲法規範に従ってなされることを求める権利によって、少なくとも憲法規定中、九条、八九条等の国費支出権限に対する特定的禁止条項に反する支出行為については、主観訴訟としての裁判手続によりこれを差し止めることができるのである。

(4) 以上の各根拠により、原告らは自衛隊関係費の支出の差止めを求める権利を有するものである。

(二) 本件訴訟における被告の応訴態度をみれば、被告が将来においても、これまでと同じように原告らから徴収した所得税を自衛隊関係費に使用し続けるであろうこと、これによって原告らに引き続き大きな精神的苦痛を与え続けるであろうことは、いずれも確実であるとみなければならない。

そして、原告らから徴収された所得税がいったん自衛隊関係費に使用されてしまったときには、後に被告から同額の金員の返還を受けようとも、相当の慰謝料の支払を受けようとも、軍備の存在を前提に積み重ねられた政策の結果を払拭することは不可能であり、かくして国政の信託者たる原告ら国民の被る損害は真実回復されることはない。

よって、自衛隊関係費の支出の差止めには緊急の必要性がある。

(三) 右訴えの適法性について

原告らは前記法律上の利益に基づき右訴えを提起するものであるから、右訴えは主観訴訟であり、何ら特別の法律の規定なくして適法である。

(四) よって、原告らは、被告には昭和五六年分以降、原告らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることの確認を求める。

4  請求の趣旨第六項について

(一) 被告による自衛隊関係費の支出と課税、徴収

被告は、毎年左のとおり膨大な自衛隊関係費を支出し続けている。

昭和五三年 一兆九〇〇〇億円

昭和五四年 二兆一〇〇〇億円

昭和五五年 二兆二〇〇〇億円

昭和五六年 二兆四〇〇〇億円

昭和五七年 二兆六〇〇〇億円

この数字はインドの約二倍、韓国の約2.5倍で、中国の軍事費にほぼ匹敵する。その結果、自衛隊の兵力は今や世界有数の強さを誇るに至っている。

自衛隊関係費は、その全額が一般会計予算の歳出項目に計上され、租税収入を中心とする歳入によって賄われている。被告は、長年にわたり原告らに対し、自衛隊関係費を含む国費の支出にあてるべく予定された所得税を賦課、徴収してきた。

(二) 前記自衛隊関係費支出、課税、徴収の違法性

(1) 自衛隊関係費支出による原告らの権利の侵害

毎年の膨大な自衛隊関係費の支出により、被告は今や世界有数の軍隊を保持するに至った。かくして、「政府の行為により再び戦争の惨禍が起こる」不安が現実のものとなっている。このような状態は、原告らの平和的生存権の侵害である。

さらに、原告らのごとく良心及び信仰に基づく非暴力主義者は特別の権利侵害を受けている。良心や信仰は人の生死の根本に関わる精神作用である。人は、自己の行為の結果が、自己の抱いている良心や信仰の内容に照らしてどのような形をとるかについて、深い関心を持っている。したがって、被告が原告らから所得税全額を取り立て、これを財源の一部として軍事目的の自衛隊関係費を支出することは、その支出行為自体が原告らの良心の自由、信教の自由を侵害する行為である。原告らとしては、自己の良心、信仰に反して、軍備の維持増強と戦争準備に加担させられていることに強い精神的苦痛を感じるのである。

また、憲法に違反する国費の支出は原告らの納税者基本権を侵害するものである。

(2) 違憲とされる国費の支出行為が原告らに対する不法行為となることについて

前記国費の支出は、原告の前記権利を侵害するものであるから、私法上の権利の侵害として不法行為を形成する。

被告は、原告ら国民から信託された国費を憲法の各条規に従って支出することを法的に義務づけられており、この義務に背くことは、原告ら国民に対する信託義務違反である。原告らと被告との間に契約関係が存在しないとしても、この信託法理の類推によって、納税者の権利と国費の支出との間の密接な関連性を認めることは十分可能である。そうであるならば、本件のごとき巨大な憲法違反の国費の支出は、原告ら納税者に対する不法行為を構成し、当然損害賠償の対象となるというべきである。原告らの場合には、さらに、非暴力を信条とする者として、自衛隊関係費の支払を拒否しているという特別の事情が重なっている。

(3) 課税、徴収行為による原告らの権利の侵害

前記のように、原告らは、憲法九条により、軍事目的の租税を賦課、徴収されない権利を保障されている。被告による所得税の賦課、徴収行為は右権利の侵害である。また、それは、実質的にみれば平和的生存権の侵害である。

さらに、原告らは、いずれも良心ないし信仰の命ずるところにより、非暴力を信条としている。その原告らから権力によって軍事目的である自衛隊関係費分を含む所得税を取り立てることは、原告らの良心の自由ないし信教の自由の直接的侵害である。

また、納税者基本権の侵害でもある。

(三) 違法行為者

原告らの支払った所得税を自衛隊関係費として支出した具体的行為者は、当該年度の内閣及び議会の構成員、並びに防衛庁をはじめ軍事費支出に携わった自衛隊関係省庁の長、その委任を受けた支出官、代理支出官である。

自衛隊関係費分を含む所得税の原告らに対する賦課及び徴収行為者は、原告ら各自の管轄税務署長である。

これらの者は、いずれも、憲法が平和主義を根本規範としていること、特に憲法九条が軍備保持を禁止する規定であることを知りながら軍事目的の自衛隊関係費の支出及び課税、徴収を続けてきたものである。

(四) 損害

原告らは、被告の機関の故意による以上のような違法行為により、深刻な精神的苦痛を長年の間味わされてきた。その苦痛の程度は、期間的にも質的にも、もはや原告らの受忍の限度をはるかに超えている。

原告らの精神的苦痛は到底金銭に換算しうるものではないが、本件訴訟においてはとりあえず、本件訴訟提起の日である昭和五五年一一月一五日までの損害として、原告ら各自について金三〇万円の支払を請求する。

(五) よって、原告らは、被告に対し、それぞれ右損害金三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  請求の趣旨第四項の訴えについて

右訴えを無名抗告訴訟中のいわゆる予防的不作為訴訟であると解するとしても、

(一) 所得税を課税する権限のないことの確認を求める趣旨なのか、徴収する権限のないことの確認を求める趣旨なのか明確でないから、右訴えは確認の対象が具体的に特定しておらず、不適法というべきである。

(二) さらに、右訴えは、原告らが、予防的不作為訴訟が認められるための要件としてあげる二つの要件(行政庁の処分等が違法に行われることが明白に予測できること及び当該処分等を事前に司法審査しなければ相手方たる国民に回復し難い損害が生ずる場合であること)のいずれも充たしていないから、不適法であるといわざるを得ない。

後者の要件については、原告らがその主張のとおり自衛隊関係費に相当する分について納税義務を負わないというのであれば、将来具体的課税処分等がされた段階で、それらの処分等の適否を争えば足りるのであって、特に例外的に右訴えを提起すべき緊急の必要性があるものとは認められない。

2  請求の趣旨第五項の訴えについて

憲法三〇条の規定から明らかなように、国民は各税法の定めるところにより個々具体的な納税義務を負うものであって、そもそも憲法上国民の納税義務と予算及び国費の支出とは、形式、実質共にその法的根拠を異にし全く別個のものであり、両者は、直接的、具体的な関連性を有しない。したがって、被告の自衛隊関係費の支出について原告らが直接法律上の利害関係を有することはなく、また、原告らは右支出により何らの法律上の利益を害されていないことは明らかである。

右訴えの法的性質について、原告らは、納税者基本権を根拠とする主観訴訟である旨を主張するが、納税者基本権なる権利は現行法上認めることはできない。

したがって、結局のところ、右訴えは、納税者として国家の歳出予算及びその支出行為の違憲、違法を理由にその是正を求めて裁判所に出訴する民衆訴訟としての納税者訴訟と解するほかはなく、このような訴えは現行法上認められていないから、不適法である。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1について

(一) 同(一)の事実は認める。

(二) 同(二)前段の事実は、原告大野が昭和五二年分に納税を拒否したとする所得税額を除き認める。同原告が右納税を拒否した事実はない。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の各事実は不知。主張は争う。

納税者は、国費の支出が違憲であることを理由に、納税義務を免れ、又は納税を拒否することができない。すなわち、

(1) 憲法は、財政の民主化を図るために、三〇条及び八四条において租税法律主義を規定しており、これに基づいて所得税法等の租税諸法規が課税要件及び賦課徴収手続を規定している。したがって、租税実体法の定める課税要件を充足する事実の発生により法律上当然に、納税者は租税を納付する義務を負担することになる。

そして、租税は、その使用目的を個別具体的に特定することなく、経済的需要を充足するための一般的財源となすために徴収されるものである。

一方、憲法八三条は、財政の処理を国会の監督下において、国の財政作用を現実に執行する行政府による専恣な処理を防止するために、国の財政を処理する権限は国会の議決に基づいて行使するものと規定し、国家財政の全般に通ずる基本原則として国会中心財政主義を明らかにしている。そしてこの基本原則に基づき、憲法八五条、八六条は、主として歳入歳出の予定準則を内容とする予算の成立及び予算に基づく国費の支出について、財政民主主義の原則上、国会の議決を不可欠のものとしている。

以上のとおり、国民の納税義務は法律の定めるところによって発生するものであって、歳入予算によって決まるわけではなく、また、徴収された租税は個別具体的な特定の経費に充てられるものではない一方、国費の支出は国会で議決された歳出予算に基づいてされるのであるから、憲法上、国民の納税義務と予算及び国費の支出とは、形式的にも実質的にもその法的根拠を異にする全く別個のものであり、両者は直接的、具体的関連性を有しないのである。

(2) また、国費の支出の内容についての当否の論議は、国民の代表機関である国会の審議の場で行われるべきであって、個々の納税者が国会の議決を経た予算に基づく国費の支出を違憲、違法と自ら判断し、それを理由に納税義務を免れ、又は納税を拒否することは、憲法上の財政民主主義の原則及び租税法律主義の原則を無視するものであり、到底許されるものではない。

(3) 原告らは、国費の支出が違憲であることを理由として納税者は納税義務を免れ又は納税を拒否することができるとして、その主たる根拠として、「納税者基本権」なるものを主張している。そして、右「納税者基本権」は、憲法三〇条及び九九条を根拠として認められるもので、納税者がその納付した税金を公務員が憲法条項に則って使用することを要求する権利であるとしている。

しかし、憲法三〇条は国民の権利的な側面からとらえられるとしても、法律の根拠に基づくことなしには、国家は租税を賦課、徴収することができず、国民は租税の納付を要求されることはないというに過ぎないのであり、また、憲法九九条の憲法尊重擁護義務というのは、原理的、道徳的なものなのであって、これらの条文を根拠にして原告らが主張するような権利を導き出すことはできない。

結局、原告らは独自の憲法解釈を主張しているに過ぎず、現行法上「納税者基本権」なる権利を認めることは到底できない。

(4) その他、憲法はもとより、各税法の規定中にも、納税義務者が国費の支出内容の違憲、違法を理由として納税を拒絶できること定めた規定はなく、そのようなことが許されるいわれは全くない。

(5) なお、本件各滞納処分は、国税徴収法の各規定に基づき適法に行われたものである。

(五) 同(五)の事実は不知。主張は争う。

(六) 同(六)の事実は不知。主張は争う。

(七) 同(七)の事実は不知。

2  請求原因2について

請求原因2の各事実は不知。主張は争う。

3  請求原因3について

請求原因3の各事実は不知。主張は争う。

4  請求原因4について

(一) 請求原因4の各事実のうち、被告が毎年自衛隊関係費を支出していることを認め、その余は不知。主張は争う。

(二) 国費の支出に関する損害賠償について

国庫金は、国に帰属するものであって、それについて個々の納税者が直接個人的、具体的権利ないし法律上の利益を有するものではない。

したがって、仮に国庫金の違法な支出行為があったとしても、それによって国の当該国庫金に対する権利が侵害されて、国が損害を被るということはあっても、直接個々の納税者の個人的、具体的利益までもが侵害されて、個々の納税者が損害を被るということはおよそあり得ないことである。

また、平和的生存権については、その具体的内容、根拠規定、主体等のいずれについてもいまだ明確ではなく、裁判規範として現実的、個別的内容をもつものとして具体化されているものではない。さらに、思想、良心の自由あるいは信教の自由が侵害されるというのも、要するに、自衛隊の設置運営に伴う国家の歳出予算及びその支出について、原告らとして良心に照らして右国家作用を黙視することはできないというにすぎないから、かかる個人的良心の痛みをもって国家賠償法一条に定める国が公権力を行使して原告らに対し損害を加えたという要件事実に該当するとはいえない。

(三) 原告らに対する課税、徴収に関する損害賠償について

国費の支出が違憲であることを理由に、納税者は納税義務を免れ、又は納税を拒否することが出来ないこと及び原告らに対する本件課税、徴収行為が適法であることについては前記のとおりである。よってこのような適法な本件課税、徴収行為により、仮に右課税、徴収行為を違法と信ずる原告らがその見解のいれられないことを原因として精神的損害を受けたとしても、被告にその損害を賠償する責任がないことは明らかである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の趣旨第一項ないし第三項の訴えについて

1  請求原因1(一)、(二)前段、(三)の各事実は、原告大野の昭和五一年分所得税の納税拒否額を除いて、当事者間に争いがない。

2  本件滞納処分の違法性について

(一)  請求原因1(四)(憲法九条違反)について

(1) 原告丹らは、自衛隊関係費の支出が憲法九条に違反する旨を主張し、これを前提として、同支出の財源となる所得税の賦課、徴収も同支出相当分の賦課、徴収の限度で憲法九条に違反し、また、右賦課、徴収により、同原告らの平和的生存権が侵害された旨を主張する。

しかし、憲法は、八三条、八五条及び八六条において、国費は、毎年度の予算の国会における審議等の手続を経て、国会の議決に基づいて支出すべきものと定め、他方、三〇条及び八四条において、租税の課税要件及び賦課徴収手続は法律によって規定するものと定めて、国費の支出と租税の賦課、徴収についてその法的根拠及び手続を区別して規定しているから、仮に前者が違憲、違法であったとしても、その違憲性、違法性は当然には後者に及ばないものと解すべきである。

また、憲法三〇条及び八四条を承けて制定された所得税法は、所得税を、一般的な経費の支出に充てる目的で課税し、その概念要素として税収の具体的な使途を含まない普通税として規定しているが、このように使途と無関係なこれから独立した普通税を設け、その使途については、予算の議決等国会の適正な審理に委ねるとする徴税制度は、むしろ憲法の予定しているところであって、何ら憲法に違反するものではないというべきである。

そうすると、所得税が右のように税収の使途と無関係なこれから独立した普通税として規定されている以上、その賦課、徴収段階において、税収の使途の違憲、違法を問題にする余地はないというべきであるから、仮に憲法に違反する国費の支出が予算により決定されたとしても、所得税の賦課、徴収が違憲又は違法となることはないものというべきである。また、右のとおり、所得税は、税収の使途と無関係なこれから独立した普通税であるから、たとえ仮に予算の議決によりその税収の一部が憲法に違反する使途に支出されることが決定されたとしても、右議決の結果、所得税の賦課、徴収に税収の個別具体的使途の性格が付加されるものではなく、したがって、所得税の賦課、徴収自体によって原告らの自由、権利ないし法的利益が侵害されることはないというべきである。

よって、本件滞納処分が違憲又は違法であったものと認めることはできず、また、本件滞納処分が右原告らの自由、権利ないし法的利益を侵害したものと認めることもできないから、右原告らの主張はいずれも理由がない。

(2) 右原告らは、請求原因1(四)(2)の各事由を根拠として、国費の支出が憲法に違反することにより、所得税の賦課、徴収も憲法に違反するものとなる旨を主張する。

しかし、憲法上国費の支出と租税の賦課、徴収について、法的根拠及び手続が区別されていること並びに所得税法が所得税を税収の使途と無関係なこれから独立した普通税として規定し、憲法がこれを容認していると解すべきことは、前記のとおりであるから、請求原因1(四)(2)アの主張のように、支出とその一般的財源という事実上の関係があるからといって、税収の使途の違憲により、所得税の賦課、徴収が違憲になるということができないことは明らかであり、また、同イ、ウの主張も所得税が右のような普通税であることを考慮しない独自の主張というべきであって、右各主張は失当である。

また、右原告らは、憲法三〇条、九九条等を根拠に、納税者は、公務員が税金を憲法に則って使用することを要求する権利としていわゆる納税者基本権を有し、違憲、違法な租税の支出に対しては、この権利の侵害を理由として、右支出の差止め、損害賠償請求等の通常の主観訴訟を提起することができる旨を主張する(請求原因1(四)(2)エ)。しかし、憲法三〇条は、国民の権利的な側面からとらえることができるとしても、国民は、国民の代表による国会で議決された法律の根拠に基づくことなしには、租税を賦課、徴収されないということを意味するものであり、また、憲法九九条に規定する公務員の憲法尊重、擁護義務は、原理的、道徳的な義務であって、これらの条文を根拠にして右原告らが主張するような納税者基本権といった権利を導き出すことはできない。さらに、国費の支出について、国民の代表により議会の審議等を通して監督する間接民主主義の制度に加えて、国民個人の直接の権限行使により監督する、例えば、地方自治法上規定されている住民監査請求、住民訴訟の制度のような直接民主主義の制度を採用するかどうかについては、その国その国の国情に応じて、これを選択することが許されるものと解されるところ、わが国の憲法においては、前者の制度として、国費の支出の内容についての当否の論議を国民の代表機関である国会の審議の場で行うべきことを規定しているにとどまり、後者の制度については何ら規定を置いていないのであるから、結局、わが国の憲法は国民個人に右原告ら主張のような権利ないし権限を付与していないものと解するのが相当である。その他、現行法制上、納税義務者に右のような権利を認めた規定はない。したがって、右原告らの主張する内容の納税者基本権の存在を認めることができず、右主張は理由がない。

右原告らの請求原因1(四)(2)オの主張は、信託法上の法理を国民又は納税者の国に対する憲法上又は税法上の権利について類推し、国民又は納税者は信託法上委託者及び受益者が有する権利に類する権利を国に対して有すると解すべきであるとするものであるが、このように納税者と国との間に信託法上の法理を類推することは、解釈論として無理というほかなく、また、同カの主張も、憲法が予算を右原告らの主張するような性格の「予算法」として規定しているものと解すべき根拠は存在しないから、理由がない。

よって、右各主張はいずれも理由がない。

(二)  請求原因1(五)(憲法一九条、二〇条一項違反)について

原告丹らは、同原告らの自衛隊関係費相当分の納税拒否は、良心、信教の自由の表現方法として憲法によって保障された権利の行使であり、よってこれを無視して行われた本件滞納処分は、違憲、違法であると主張する。

しかし、前記のとおり、国費の支出と租税の賦課、徴収は法的根拠及び手続を異にするものであり、また、所得税の賦課、徴収自体は税収の個別具体的使途と無関係でこれから独立したものであるから、仮に税収の一部が右原告らの良心、信仰に反する使途に支出されることが決定されたとしても、所得税の賦課、徴収の段階で、税収の使途を問題とする余地はなく、右賦課、徴収が右原告らの良心、信教の自由の侵害となることはないものというべきであり、したがって、右原告らに、税収の使途を理由に所得税の納税を拒む自由ないし権利はないものといわざるを得ない。

よって、本件滞納処分に右原告らの主張するような違憲、違法は認められず、右原告らの主張は理由がない。

3  以上によれば、本件滞納処分に原告丹らの主張する違憲、違法があったことは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、同原告らの請求の趣旨第一ないし第三項の請求は理由がないものというべきである。

二請求の趣旨第四項の訴えについて

原告らは、請求の趣旨第四項として、昭和五六年分以降の所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないことの確認を求め、この訴えを無名抗告訴訟である予防的不作為訴訟であると主張する。しかし、行政事件訴訟法が行政庁の第一次的判断権を尊重し、処分後にその適否を争う取消訴訟を中心として抗告訴訟を構成していることに鑑みれば、無名抗告訴訟は取消訴訟に対して補充的にのみ認められるべきであり、①行政庁に当該処分について第一次判断権を行使させる必要がないか、その必要性が極めて少ないこと、②当該処分がされ、又はされないことによって被る損害が重大であって、事前救済の差し迫った必要性があること、③他に救済を求める適切な手段がないことといった要件を満たす場合においてのみ、認められると解すべきである。

本件についてこれをみるに、原告らが、その主張のとおり、所得税のうち自衛隊関係費に相当する部分について納税義務を負わないというのであれば、将来具体的課税処分等がされた段階でその適法性を争い課税処分の取消訴訟を提起すれば足り、また、右部分の所得税の強制的徴収により重大な損害が生じるというのであれば、取消訴訟の提起と共に執行停止を申し立てれば足りるのであり、取消訴訟をもって原告らの救済に欠けるところがあるとは認められないから、結局、他に救済を求める適切な手段が存在するものというべきであり、したがって、右訴えは無名抗告訴訟の要件を欠き、不適法であるといわざるを得ない。

三請求の趣旨第五項の訴えについて

原告らは、請求の趣旨第五項として、原告らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることの確認を求め、その根拠として自衛隊関係費の支出が原告らの良心、信教の自由を侵害すること及び原告らに納税者基本権があることを主張するが、しかし、自衛隊関係費の支出が原告らの良心、信教の自由を侵害するものでないことは後記のとおりであり、また、このような納税者基本権といった権利を認めることができないことは、前記のとおりであるから、右訴えは、結局、原告らの権利又は法律上保護された利益に基づかず、納税者としての一般的な資格で、国の歳出予算及びその支出行為の違憲、違法を理由にその是正を求めて裁判所に出訴するものであって、民衆訴訟(行政事件訴訟法五条)に該当するというほかないが、このように納税者たる資格で国の歳出予算及びその支出行為の違憲、違法を理由に右支出の差止めを求める訴訟を提起することができる旨を定めた法律は存在しないから、右訴えは不適法であるといわざるを得ない。

四請求の趣旨第六項の訴えについて

1  被告による自衛隊関係費の支出と課税、徴収

毎年自衛隊関係費に国費が支出されていることは当事者間に争いがなく、原告らが所得税の納税者であることは、<証拠>により、これを認めることができる。

2  国費の支出に関する損害賠償について

原告らは、被告の自衛隊関係費の支出により、原告らの平和的生存権、良心、信教の自由及び納税者基本権が侵害されたので、その損害の賠償を求める旨を主張している。

そこで、まず、国費を自衛隊関係費として支出することは、原告らの良心、信教の自由を侵害する旨の主張について検討すると、<証拠>によれば、原告らが、その良心、信仰に根ざす感情を被告の自衛隊関係費の支出により傷つけられ、右支出を黙視することができない心情にあることが認められる。

しかし、原告らと別人格である被告が一定の目的のもとに国費を支出する行為それ自体は、たとえそれが軍事目的の支出であったとしても、直接に原告らに何らかの作為又は不作為を強いるものではなく、また、原告らの良心、信仰等に何らかの制約を及ぼすものでもないことは明らかであるから、右支出によって原告らの良心、信仰に基づく感情が害されるからといって、これをもって直ちに、原告らの権利ないし自由が侵害されたものということはできず、したがって、結局、自衛隊関係費の支出により、原告らの良心、信教の自由その他の自由、権利ないし法的利益が侵害されると認めることはできない。

また、原告らの主張するように、憲法前文及び同九条において、軍事目的に国費の支出がされないことが個人の権利として保障されていると解することは困難であるというべきであり、原告らの主張する納税者基本権の存在が認められないことは、前記のとおりである。

なお、原告らは、信託法理の類推及び原告らが非暴力を信条とする者として所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税を拒否しているという事情をもって、憲法に違反する国費の支出が原告らの権利の侵害となる旨を主張するが、国と国民との間に信託法理を類推すべき根拠はなく、また右納税拒否の事情の存在は、前記結論を左右すべき事実ではない。

したがって、被告の自衛隊関係費の支出により、原告らが自由、権利を侵害された事実はこれを認めることができないから、右支出の違憲、違法を理由とする原告らの損害賠償請求は理由がない。

3  所得税の賦課、徴収行為に関する損害賠償について

原告らは、所得税の賦課、徴収により、平和的生存権、良心、信教の自由、納税者基本権を侵害されたと主張する。

しかし、前記のとおり、所得税は税収の使途と無関係なこれから独立した普通税であるから、仮に税収の使途に違憲、違法があったとしても、それをもって直ちに、その賦課、徴収が憲法に違反するものということはできず、また、その賦課、徴収自体により原告らの自由、権利ないし法的利益が侵害されることはないものというべきである。

なお、原告らの主張する納税者基本権の存在が認められないことは前記のとおりであるから、その侵害により原告らに対する所得税の賦課、徴収が違憲、違法となることもない。

したがって、被告の原告らに対する所得税の賦課、徴収行為が違憲、違法であった事実は認められないから、その違憲、違法を理由とする損害賠償請求は理由がない。

五よって、原告らの訴えのうち、請求の趣旨第一ないし第三項及び第六項の各損害賠償請求は理由がないからこれを棄却し、請求の趣旨第四、第五項の各訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官中山顕裕 裁判官山﨑恒は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官宍戸達德)

別紙<省略>

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